挙式
カラ松の葬式の後、俺は黒いスーツを着たまま自分の全財産を持って街に出た。こんなことならば普段から貯金をしておくべきだった、なんて思っても後の祭りだ。
(でもまぁ、3万円もあったなんて、本当ラッキーだった)
近所の商店街の花屋へ行く。
ありったけの赤い薔薇の花束が欲しいと言ったら、少しシーズンがズレていたせいか、急な注文では受付けるのは難しいと言われてしまった。仕方がないから、白いカーネーションと紫色のスターチスの花束がサンプル写真に載ってたからそれにした。青い花がなかったから、一松には悪いけど、赤と青混ぜた紫色が入ってたら、まぁいっかなって。あいつが好きな薔薇じゃないなら、考えるのも面倒くさい。
花束を作るのに時間がかかると言われたから、その足でスーツの専門店に行く。白いスーツが欲しかった。本当はタキシードの方が良いのだけれど、金が無いから仕方がない。
店に入ればスーツを着こなした一軍の店員がやってきて、なんとその人が俺の接客をしてくれるらしく、なんとなく居心地が悪く居た堪れない気持ちになった。白いスーツが欲しいと伝えれば、別の階にあると言われたので、そちらに向かう。普段はカジュアルスーツしか着ないし、この喪服だって何年前に買ったか分からないようなものだから、全く選び方が分からなくて。
「どのような目的でお探しですか?」
「え」
そこ聞いちゃう?
「えー…これって言わないと駄目な感じ?」
「そうですね、様々な形がございますので」
「…えっと、劇とかの結婚式のシーンで使う感じの、こう…そういうのみたいなの探してるんですけど」
即席にしてはなんとかそれらしいことは言えた気がする。店員の方も、そういうことならと、比較的値段も抑えられたそれっぽいものを選んで貰えた。スーツの細かいこととかは分からないから、勧められるもので1番予算に合ったものを買った。
買ったスーツはそのまま着て帰ることにした。白いスーツで街を歩くのは些か目立ち過ぎるかもしれないけれど、まあ今日だけだしいいかと思って。
一旦家に帰り、家族にバレないように、昔カラ松が俺にくれたプラスチック製のオモチャの指輪と、カラ松のお骨の入った壺を持ち出す。お骨は俺が葬式から帰宅してすぐ、あらかじめ庭に隠しておいたのだ。それらをリュックの中に入れて、再び花屋へ向かう。手渡されたのは青い紙に包まれた花束。うん、いい感じ。
お骨と花束と指輪を持って白いスーツに身を包んだ俺は、電車を乗り継ぎ海へと向かった。
俺とカラ松が手を繋いで海辺から最寄駅へと歩いている時も、カラ松はずっと俺におそ松の話をしていた。俺はそれをずっと笑顔で聞いていたし、カラ松もずっと幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「大丈夫、お前は本当にかっこいい男になるよ。この俺が言うんだから間違いない!」
「本当か!?」
汚れのない瞳がより一層輝く。図体は大きいが本当に子どもの頃に帰ったようで、ふと懐かしい気持ちになった。当時の彼は本当によく俺に騙されていたらしいし、あぁこれはいろいろ悪戯したくなるよなと過去の自分に同意した。
それはほんの一瞬の出来事だったのだ。俺が解けた靴紐を結ぶために、少しの間カラ松の手を放していた。その間に、カラ松の目の前を蝶が通り過ぎた。それに目を奪われたカラ松は、「あ、チョウだ」と言ってそれを追いかけた。歩道を一歩踏み出せば、車の行き交いの激しい車道。
カラ松は俺の目の前でトラックに跳ねられた。即死だった。
その日の俺は声が枯れるほど泣き、何度もごめんなさいと許しを請い、何度も何度もカラ松の名前を呼んだ。
なんの事情も知らない家族は俺の異常なまでの取り乱し様に叱るに叱れなかったのだろう。あるいは、俺はともかくカラ松が一晩帰ってこなかった時点である程度覚悟していたのかもしれない。カラ松がどこか自分たちの知らないところで事故にあって死んでしまうという可能性も、なきにしもあらずだということを。
浜辺から少し離れた岸壁まで歩いて、そこに着いた時にはちょうど海は日が沈む頃の時間になっていて、なんて恋の終焉に相応しく素晴らしいシュチュエーションなのだろうと思った。10年前、家出した俺をカラ松が見つけてくれたあの日も、世界はこんな景色だった。燃えるように赤い太陽が沈み、夜を連れてきている。空は赤と青がグラデーションのようになっていた。
舞台は完璧だ。
新郎の衣装に見立てた白いスーツ。
新婦のブーケに見立てた花束。
結婚指輪に見立てたオモチャの指輪。
俺はカラ松を抱きしめたまま、優しくキスを落とす。
目を閉じて、俺は海へ向かって一歩を踏み出した。
fin.