挙式
「カラ松はさ、いつから俺のこと好きだったの?」
「はへっ!?」
聞いてから、あ、これ聞いちゃ駄目だったやつか、と思った。横を見れば耳まで真っ赤にして口をパクパクさせているカラ松の顔。それを見ればわかる。こいつは「なぜバレた」と言っているのだ。カラ松の反応ももっともだ。カラ松はずっとその気持ちを上手く隠していたし、態度にも出さなかった。当然、当時の俺も気づいていなかったし。
「ん〜、俺お前らの考えてること分かっちゃうんだよね、お兄ちゃんだから」
だから、ちゃんと答えて。嘘は絶対駄目よ?
念を押すように言ってやる。するとカラ松はバツの悪そうな顔をして俺から目を逸らした。口が堅く閉じられている。眉間に皺も寄っている。
カラ松には悪いのだけれど、これは俺にとっては大問題であった。カラ松が俺を恋愛対象として見ている間に、俺のことを好きでいてくれる間に、いろんなことをしたかった。何度でも告白もしたいし、キスもしたい。もちろん、セックスもしたいけど、金がなくてさっきのコンビニでゴム買えなかったからから、残念ながらこれは却下。カラ松の中で俺が一番でいられるうちに、他の兄弟に邪魔されないうちに、俺はカラ松を独占しておくのだ。
そのためにも、そのタイムリミットが知りたかった。俺はいつまでならカラ松に甘えていても許されるのか。
「なぁ、いつから?」
「…分からない」
「そんなこと言わないでさぁ、もうちょっとこう無いの?」
「おそ松、そんなに俺を困らせないでくれ」
カラ松の顔が更に赤くなった。こいつ可愛いな。
「…分からない、分かるわけがないんだ」
「はぁ?なにそれ」
「逆に問うが、おそ松はいつから俺がお前のことを愛していると気がついていた?」
うっわ、こいつ俺のことを愛してるとか言っちゃったよ。
「…分かんね。気がついたら気づいてた」
「そういうものだ。俺も気がついたらお前のことを愛していたんだ。いつから、だなんてそう簡単に答えられるはずがない」
言わせるな、恥ずかしいだろ、と俯くカラ松。そうか、恋をしているとこんなにも人間は変わるものかと思った。もしかしたらカラ松には俺がこんな風に見えていたのかもしれないかと思うと顔に熱くなる。同時に、こいつはちゃんと本気で俺のことが好きだったんだなと、改めて思い知らされる。
俺って、愛されてるのね。
肝心の答えは聞くことが出来なかったが、これはこれでアリなのかもしれない。俺はそれ以上カラ松を問い詰めることが無意味だと分かった。
「高校に入れば、俺たちは今までよりももっとバラバラになってしまうだろう。」
高校と言われて、あぁこいつはもう15くらいのガキなのかと思った。一瞬、急にカラ松の忘却のペースが速くなったのかと思ったが、違う。成人になってからの5年の変化はほとんど無いが、幼い頃は成長が著しいし環境も数年ごとに変わっていたから、2.3年の変化はとてつもなく大きいのだ。その辺りの記憶の境界はかなり曖昧であるから、カラ松はきっとしばらくは、中学生になったり、高校生になったり、あるいは小学生にするのだろう。
「そうだね、俺たち部活もバラバラだしさ。みんな好きなこと好きなようにするようになるよね〜」
「ああ。だがな、忘れるなよ、おそ松」
繋いでいた手を急に強く引かれる。カラ松はよろけた俺の鼻の頭に人差し指を突きつけてきて顔を覗き込む。
「いつか俺は、もっとかっこよくなってお前に告白してやる。覚悟しておけ」
きっぱりとした口調。対して俺は、驚きのあまり無表情。思考が追いつかず、とりあえず瞬きをする。カラ松の目に迷いは無い。もう一度瞬きをする俺。カラ松の思いがけない言葉に、俺は言葉を失って、「は、はぁ〜」という声が口から溜息のように出た。カラ松の発言の瞬間には「こいつなに言ってんだ?」だった俺の思考が時間が経つにつれて現実に追いつき言葉の理解が進むと、もう駄目だった。耳が急速に熱を帯び、カラ松の顔を見ていられなくなる。覚悟しておけ、だなんて、それは告白と一緒ではないか。心拍数が急上昇し、心臓と内臓が口から飛び出そうになる。妙な汗が止まらない。
「…ははっ、ちょっとタンマ」
自分の顔を手で覆い、耐えきれなくなった俺はその場に蹲る。
嬉しい、だなんて思えない。恥ずかしすぎる。
カラ松お前やっぱさ、イタささえなけりゃ最高にかっこいいよ。