forever in my heart
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射し込んできた朝日に目を覚ます。またあの夢か、と曽良はうんざりしたように身体を起こした。
「あれ、今日は自分で起きた…」
隣で芭蕉が能天気な声を出す。思わず小さく舌打ちをする曽良。いつ頃からかは記憶にないが、最近は目覚めて最初に目にするものが芭蕉である。いい加減、爽やかな目覚めをしたいものなのだが、当の本人には曽良の目覚めを出迎えないという選択肢が無いものだから厄介だ。
「…クソジジィが…」
「な、なんだってぇ!?酷いな、君!」
頬を膨らませて怒ってみせる芭蕉。そんな姿にいちいち構ってなどいられない、曽良はゆっくりと立ち上がった。艶やかな黒髪が揺れたのがわかる。今日は少しばかり寝癖が付いているらしい。
「キィッ!曽良くんなんて、曽良くんなんて…!えーっと」
「あんまり騒がしいと蹴りますよ」
「ごめんなさい」
素直に謝る芭蕉。それにも拘らず曽良は容赦なく芭蕉の顔面を蹴りつけ、襖に手を掛けた。
「うぅ、痛い…あ、そういえば曽良くん」
「まだ何かあるんですか」
うんざりしたように振り返る。心底鬱陶しそうに曽良が床に座り込んでいる芭蕉に目をくれてやると、芭蕉は少しばかり躊躇うように目を泳がせた。ひとつ、そしてもうひとつ瞬きをして、遠慮がちに曽良を見上げる。
「なんか寝てる間、魘されてたけど、大丈夫…?地獄絵図でも見たの?」
「地獄…?」
思い当たることがあった。
「曽良くん、どうかしたの?」
「…いえ、何でもありません。ただ…」
少し考えるように言葉を切って目を伏せる。視線を芭蕉の方へと戻し、はっきりと、しかし沈んだ声で答えた。
「最近…ここ数ヶ月同じような夢を見るだけです」
幼い頃、生死の境目を彷徨うほどの高熱を出したことがある。
暗く、重たく、熱い、深い闇に包まれた世界に一人、迷い込んだ。
「閻魔大王!こんなところに生きた人間が!」
「えぇ、俺知らない!鬼男くん、なんとかして!」
「お前がなんとかしろよイカ野郎!」
そうだ、銀髪の男とはそこで会ったのだ。鬼男と呼ばれたその男が偶然にも自分のことを発見し、青白い肌の華奢な男、閻魔大王のもとへ曽良を連れて来た。
彼ら曰く、そこは正に死者を裁くための世界、即ち地獄だった。うっかり迷い込んでしまった、というのはごく稀なことではあるが、皆無という訳でも無いらしい。ただ、その人間が今までの中では最も幼かった故に動揺が走ったのであろう。事情を理解した彼らは、どのような手段を使ったのか、来た時と同様に曽良は気がつけば現世に帰っていた。
例の夢は、この時に見た世界とよく似ている。ただ、閻魔大王の姿は無く、かつて自分よりもずっと背の高かった鬼男が自分と肩を並べていた。
(違う、そうじゃない)
夢の出来事は自分には全く記憶にないものだ。血の池の点検の記憶などあるはずがない。そしてあの夢の中で鬼男は、曽良に向かって、閻魔大王と呼んだ。
思考を巡らせ、ひとつの仮説に辿り着く。
あの夢は、閻魔大王の記憶なのかもしれない。
「曽良くん、お団子食べようよ」
芭蕉の声で現実に引き戻される。
柄になく考え事をしていた曽良に向かって不思議そうな表情を浮かべる芭蕉。曽良の眉間を、つんと人差し指で突く。
「美味しいもの食べる時は、幸せな顔しようよ」
「……。」
どうやら眉間に皺が寄っていたらしい。芭蕉の突然の行動に拍子抜けした曽良は芭蕉を怪訝そうに見つめる。何も言わない曽良に、芭蕉も見つめ返し、その視線がかち合うこと数秒。
「汚い手で触るな!」
「理不尽!」
曽良の手刀が飛んだ。