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特別な人

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 明日デートをしよう、と綺羅に言われて、ナギは返答に詰まった。予期せぬ誘いである。明日は久しぶりに一人になることができるタイミングなので、件の薬を受け取るために出掛ける予定であった。この機会を逃せば、次は再来週以降になるであろうし、そのタイミング自体も現時点では確約されたものではない。

「ごめん綺羅。明日は、先約がある」

「先約……?」

 綺羅が小首を傾げる。

「誰かと会う、予定が……あるのか?」

「うん、まあね」

「……シャイニング事務所の、誰かか?」

 何故かやたらと予定を気にしてくる綺羅に、少しばかり嫌気がさす。適当に翔や那月の名前でも出しておこうかと思ったところで、しかしナギは寸のところで思い留まった。綺羅の交友関係には、ST☆RISHやQUARTET NIGHTのメンバーもいる。安易にシャイニング事務所の人間の名前を出せば、虚言がばれる可能性が高い。

 吐く嘘は、統一させておくべきだ。

「親戚の叔父さんに会うの」

 ナギの言葉に、綺羅の眉が持ち上げられた。

「母方の親戚で……訳あって他の親戚とは疎遠なんだけどね。たまにこっそり会ってるの」

「……堂々と会えない、理由が……?」

「親にもあんまりいい顔されないから」

 一度方向性を決めてしまえば、後は簡単なことであった。息を吐くように、例の男に関する偽りの人物像を言葉にして並べることができた。男と会って早いうちにお互いの関係性に関する設定を決めておいて良かったと今更ながら思う。過去の自分に救われたナギは心の中で、当時の自分を称賛した。

「皆には言わないでね。大事にしたくない」

 ナギの言葉に、綺羅はしっかりと頷いた。

 実家どころか親族と事実上の絶縁状態になっている綺羅に、この設定は特によく効いたようであった。実家が太い綺羅には、親族と疎遠になっている人間というものがどのような扱いをされるのか、身をもって知っているのだろう。今は同じHE★VENSというグループで活動しており、共同生活をしてはいるが、それぞれの家庭環境や親戚関係等の情報を全て共有しているわけではない。それぞれに事情があるのだという理解を綺羅はしてくれたようで、これ以上ナギが定期的に会っている架空の親戚の叔父について深追いしてくることはなかった。

 ところが翌朝、家を出ようとしたところで綺羅に呼び止められた。

「何」

「……これを」

 綺羅が手に持っているのは、最近話題になっている菓子屋の紙袋。ナギは首を傾げた。自分の意図がナギに伝わっていないと気が付いたのだろう、綺羅はナギの手を掴んでその紙袋を押し付けるように手渡した。怪訝そうな表情をするナギの瞳を見つめたまま、一度ゆっくり瞬きをする。

「いつも、うちのナギがお世話になっていますと」

「うちのナギって何」

 こういうときに限って、保護者ぶってくる。

 うちのナギ、つまりはHE★VENS一同からの手土産。まさか、と思ってナギは目を見張った。訝しげな表情で綺羅の方へと視線を動かすと、自然と下から睨みつけるような形になる。そんなナギの様子に何かを察した綺羅は、顎を引いてナギと視線合わせた。

「このことは、他のメンバーには、言っていない。だから安心して、ほしい」

「……ボク何も言ってないけど」

「このことを、心配、したのかと……違ったのなら、すまない」

 綺羅は僅かに目を伏せた。あまり本気で申し訳ないと思っていないな、とナギは思った。

 しかし、綺羅の発言は確かに的を得ていた。綺羅は良かれと思ってナギのことをすぐに瑛一に話すことが多々ある。それによって些細な出来事もナギの知らないところであっという間に大事にされてしまうことも少なくない。それでも、親族との密会というシチュエーションは綺羅にもイメージがしやすかったのだろうか。ナギは内心、胸を撫でおろしていた。

「……ありがとう。渡しておく」

 それ以外の返答はきっと、不自然になって綺羅に怪しまれる。

 ナギの言葉に綺羅は一度小さく頷き「気を付けるように」とだけ言ってナギを見送った。

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