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それも、嘘。

 文字通り雲ひとつない青空が広がっていた。

 航海は順調であった。幸いにも海が荒れて帆船アレシアが破壊されることもなかった。あとー週間もすれば目的地に着くだろう。アントーニョは思わず口元を弛ませた。故郷に帰れば、陸へ置いてきた幼いロヴィーノに会える、そう考えるだけで力が漲ってきた。

甲板に出て周囲を見回す。本来ならばその素晴らしく眩い天気をもたらす神に祝福をすべきであるのだろうが、大西洋航行中のアレシアはその快晴の下で無風に苛まれ、完全に推進力を失っていた。また、潮流から判断してまだしばらくの間は逆流、このままでは目的地から離れてしまう。

「でもここがどんくらい水深あるか分からへんしなぁ…」

「錨泊をお考えですか?」

 独り言を言ったつもりだったのに背後から突然声をかけられてアントーニョは驚いたように振り返った。声をかけたのはこの眩しそうに目を細めながら立っている乗組員の彼だろう。今回の航行で初めて一緒に船に乗った男である。出航当初は緊張に全身に力が入っていたが、長旅の終盤である現在ではすっかり肩の力が抜けていて、随分と人懐っこくなった。

「せやなぁ、このままやと離れてまうやん?ロマの顔早よ見たいから、早く入港出来るならしたいねんけど…」

 でもなぁ、とアントーニョは途方に暮れたように眉をハの字に下げた。

「途中で錨一個落としてしもたやろ?だから今予備の錨しか無いから、あんま使いたないねん」

 更に言えば、海図はあるしコンパスも壊れていない。遠くの海面を見るに全く風が吹いていない訳でもない。今はこの場で風が吹かずに完全にお手上げであっても、少し時間が経てばアレシアも推進力をつけるだろう。

 ロヴィーノに会う日が少し遠退いてしまうかもしれないが、それは自分が船乗りである以上、仕方のないことなのかもしれない。

「錨泊はせーへんわ。ええ風掴む為に気だけは張っといてな。今出来るのはそんだけや」

「了解しました」

 そう言って踵を返した彼を見送り、アントーニョは「怪我だけはせんよう気いつけてな」とひらひらと手を振った。

 

 アレシアは正規の商船ではなく、元海賊船である。元、と言うのも現在のアレシアは商船の剥奪等は行っていない。船長のアントーニョを船長含め乗組員のほとんどが公式の資格を持っていない船員ばかりであるものの、最近では非公式の中継海上輸送を請け負うビジネスを展開しているのだ。巷を騒がせている海賊たちの多い海域を航行するのは、船を失う可能性があるため、一般的に商船は海賊の多い海域を航行することを避けたいだろうということをアントーニョは知っていた。そこに目をつけたアントーニョは、商船が金と一部の商品を献上することと引き換えに、アレシアを使って危険海域を航行するビジネスを開始。商船よりも武装しており且つ海上戦闘に慣れているアレシアがその海域を商船の荷物と共に航行するのだ。確かにアレシアでの海上輸送は商品が無事かどうかの信頼性は低く、納期も守られることの方が少ない。それでも船を武装させるのには費用がかかるし、万が一船に金をかけても海賊船によってその船を潰されてしまったら多大なる損害が生じる。だからこそ、安い金で危険海域を運輸するアレシアは一部の商船から定期的に仕事が入るのだ。

 ビジネスは順調。一時期海賊船の中で名声をあげていたからでだろうか、小規模な海賊はまずアレシアに近づくことはない。また、大きな海賊船からは乗組員の技量とアントーニョの指示のもと逃げきることが可能であった。

 収入は現役の海賊の頃とあまり変わらなかった。むしろ、無理をすることがなくなり怪我が少なくなったために、見た目は以前よりも小綺麗になったかもしれない。それは幼いロヴィーノにも言われたことであった。

 ロヴィーノ、そういえば帰港の時期は彼の誕生日が近かった気がする。港に着いたら家に帰る前にプレゼントを買って帰ろう。船旅で長い間家を離れる度に彼は、自分を置いて行くのか、アントーニョがいない間に自分の身に何かあったらどうするのだと泣いて怒っていた。その都度ベルが彼を宥めてくれたからことは収まったのだが、帰ってからも彼の機嫌をとるのは至難の技であるだろう。彼は本当に手がかかる。だが、そこがたまらなく愛おしいのだ。

「ふふっ、ロマ大きなったかな〜」

 空の青と海の青を見比べながら、アントーニョは幸福そうに笑った。


「11時方向に帆船を確認。船首はこちらを向いています」

 見張りの一人が言う。今日は晴れていて空気が澄んでいる。見通しがとても良い。言われた方向を見ると確かに大型の船がアレシアに向かって進行しているのがわかった。船体の塗装が美しく美麗であることと、スピードを重視しない幅の太い船型であることから、海賊船ではないと判断。高いマストから張られている帆により、その船は推進力をつけていた。

 一般的に船は大型の方が速力がある。それはより大きい帆を張ることによって風の力を多く受けることが出来るというのと、より高い位置の方が良質な風が吹いているからだ。

「ごっつい船やなぁ!向こうに吹いてる風を捕まえたんか、羨ましい限りやで」

 こっちの船は風が無くて推進力を完全に失っているというのに。やはり海賊時代に使い続けたこの古い船はそろそろ替え時なのかもしれない。しかし、長年の相棒を手放す気にもなれない。それならば、古き良き物は残していくべきだ。

 その大型船は進路を変えること無く、真っ直ぐに進み続けている。アレシアの姿を向こうはまだ認識していないのだろうか。まだ十分に遠いとは言えど、向こうが商船であれば自分たちの存在を知らせる時期は早いに越したことはない。

「船長、どういたしましょう」

 見張りの一人がアントーニョに声をかける。うーん、とアントーニョは腕を組み、手を顎に添えて少し考える素振りを見せた。明るい色の旗を揚げるか、それとも音響信号を発するか。しかし、考えてみれば旗は向こうが見張りを行っていなかった場合は全く役に立たない。

「とりあえず、なんかごっつい音鳴るあれ、あれでちょいと向こうに気づいて貰えるようにしたって」

「了解しました」

 彼が立ち去った後しばらくして、号鐘が空気を割るように鳴り響き、船全体を揺るがした。

アントーニョは相手船に目を向けた。見れば見るほど大きな船だ。膨大な量の荷物を積むことが可能なのは間違いない。あの船ならば多少の嵐でも乗り切ることが出来るであろう。また、この海域の海賊であの船に追いつくことの可能な船はまだいないだろう。なるほど、大型の速い船にすれば、危険な海域でもアレシアを使わずとも荷物を安全に運搬することが出来るのかと、アントーニョは一人で納得するように頷いた。

 速い船、ふとアントーニョの頭に疑問が過った。

 大型の船に大量に荷物を乗せるということは、それだけ船体が重くなる。その船体を動かすために帆も大きくなったのだ。それでも、同じ大きさの船では重たい船の方が速力が出ない。だから商船は海賊船に追いつかれてしまうのだ。

 ところが今見えている船は、まるでそう、海賊船と同じような、あるいはそれ以上のスピードを出している。となると、船の中に荷物が入っているとは考えにくい。また、商船の場合は重心を下げて船の安定性を確保するために荷物が無い時には海水を積んでいるのだが、恐らく例の船はそれも行っていないであろう。その理由をアントーニョは瞬時に理解した。海賊船は相手の荷物を奪う前は、船が空同然なのだ。

 あの船は、海賊船だ。

「旋回‼︎今すぐあの船から離れるんや‼︎」

 突然声を張り上げたアントーニョの発言に、船に緊張が走った。

「あの船は空っぽの海賊船や!ちんたらしとったら全部奪いに来るで!」

 海賊船、という言葉にざわめきとどよめき。当然だろう。あれほどの船を持っている海賊など見たことが無い。否、恐らく船を襲い、

船ごと奪ったのだろう。あれほど立派な船だ、元海賊としても欲しくなる気持ちは痛いほど分かる。

だが、今は現れて欲しくなかった。

 船員一同が各場所に着き、操船と見張り、そして大砲の準備を始める。しかし、今この船の周りは無風、おまけに荷物を運搬している途中であるから船体も重い。推進力を失っている船というのは進むことは疎か、舵を切り船体の方向を変えることもままならない。そうしている間にも順風に乗っている相手船はみるみるうちにアレシアとの距離を詰める。

「大砲準備は⁉︎まだかいな⁉︎」

「まだです‼︎」

「ーーっ、早よ‼︎」

 アントーニョの背中に冷や汗が流れる。このままでは追いつかれるのは時間の問題であった。

(クッソ、何で今やねん…!)

 強く唇を噛む。

「総員、戦闘準備!大砲準備班は作業を続行!」

 そう叫び、アントーニョは船内の武器庫へと駆け込んだ。


 船はその詳細まで見えるまでに接近していた。船を安全に航行させることを目的としていない海賊船は、多少無茶をしてでも確実に相手船に追いつくことを優先させる場合が多い。そしてその為にその操船技術を習得する。風は既にアレシアのもとまで来ているというのにその海賊船が距離を詰めているのは、アレシアの風上を陣取ったからだ。巨大な船の陰になってしまえば、アレシアが風を受けることは不可能である。

 ふと、海賊船のマストから垂れ下がるロープを掴んでいる人影が見えた。黒いマントを身に纏い、フードを被った小柄な人間。何者かとアレシアの船員が注目をしたその瞬間、まるでターザンが蔦から蔦へと飛び移る際に行うそれのように、ロープを掴んだ人影が海賊船から飛び降りた。位置エネルギーを存分に運動エネルギーへと変換。マストの高い位置から飛び降りたその人影は瞬く間にアレシアへ乗り込む。準備中の大砲の上に、まるで羽根のように軽やかに着地した。

「……餓鬼か?」

 まるで拍子抜けしたような声。相手がまだ子どもだと認識した瞬間、一同の警戒心が緩んだ。海賊船からたった一人で乗り込んできた子どもに構う前に逸早く船を離さなければならないし、軽い子どもが乗り込める距離ということは、船をもっと離さなければ大人たちがこちらの船に乗り込んでくるであろう。

「你好,幸會。」

 ゆらりとフードの人物が立ち上がる。フードで顔が見えない上に、体の線が細く小柄であるから性別不詳であったが、声を聞く限り男であることが発覚。それも、まだ声が高い。フードの下から覗く服装はこの付近で見たことのない生地と形状をしており、随分と身体よりも大きくて布が余っているように見える。大砲の周りに立つ者たちがその目新しい物に包まれた男を凝視する中で、男は顔を上げないままにマントの下から房飾りのついた鞘を取り出す。引き抜いたのは、同じ長さの双剣。

「再見。」

 次の瞬間、大砲を取り囲んでいた人間の全員首が飛んだ。


「何やて、もう乗り込んできた……⁉︎」

 アントーニョの顔が強張る。20人程度の乗組員のうち3人が既に絶命したという知らせは彼を絶望させるには十分であった。愛用の剣を持って甲板に出れば、其処は既に戦場と化していた。次々と乗り込んでくる海賊、それも大勢。目の前にいる剣を振りかぶる男の鎖骨の辺りを目掛けて愛刀を押し込むようにして斜めに斬り裂く。肉を斬る感触が久しい。直後すぐ後ろに立っていた恰幅の良い男の腕に首を絞められそうになったから、思い切りその頬を殴りつけた。バランスを崩した相手の腹部に思い切り剣を突き刺す。直ぐにその剣も抜き取り、アントーニョが先ほど刺した男の襟を掴んで振り回すと、彼が船長であると悟った輩をなぎ倒した。

「クッソ、なんで俺らの船やねん……!」

 アントーニョの胸の内を絶望が塗り潰してゆく。個々の戦闘能力では差異は無いが、数が多すぎる。倒しても倒してもキリがなかった。

 ふと、大きな白い羽のついた黒い三角帽を被った緋色のマントの男が、アントーニョの視界の端に写った。

 その身なりには見覚えがあった。同時に、彼が間違いなくこの海賊船の船長であるといくことも確信した。海賊でありながら優美さと上品さを求める、あれほど身綺麗な海賊など彼しかいない。

 アントーニョが自分の姿を認識したことに気がついたのか、その男はゆっくりとアントーニョの方へ振り返った。ブロンドの髪と特徴的な眉、そしてエメラルド色の瞳。

 まごうことなき、アーサー・カークランド。

「おい、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド」

 ニィ、と口角が釣り上げられる。その薄い唇が邪悪に歪み、他人を小馬鹿にするように両腕を組んだ。

 アントーニョはアーサーのこの笑い方がこの上なく嫌いだ。まるで自分には関係のないことだとでも言わんばかりに、全てを見下すその態度が気に食わない。現に彼は、この戦場と化したアレシアの上で、自ら乗り込んで来たにも関わらずこの戦闘には何の関わりも持っていないかのような白々しい顔をして全てを眺めている。

 そして海の上で彼はいつも言うのだ。

「悪いな、ここは俺の庭なんだ」

「ーーッ、何ほざいとんねんホンマに…!」

 剣のひとつさえ手に持たず、余裕の笑みだけを浮かべて腕組みのまま悠々と立つアーサー。思考よりも先に身体が動いていた。アントーニョは狩りをする獅子の如くアーサー目掛け駆け出した。彼を仕留めさえすれば、この騒ぎは自分たちが優勢になる。否、それだけではない。昔からアーサーとはソリが合わなかった。その決着をつける機会が偶然にも訪れたのだ。そう思うだけでアントーニョの殺意が何倍にも膨れ上がった。持っている剣を振り被る。それでもアーサーは腕を組んだまま微動だにしない。相変わらず憎たらしい笑みを浮かべて、アントーニョを眺めていた。

 アントーニョが剣を振り下ろす。甲高い金属音が響いた。

「……⁉︎」

 突如アーサーを庇うようにアントーニョとの間に現れたのは、黒いフードを被った人物。手にしている房飾りのついた東洋風の双剣がアントーニョの剣を挟むようにして受け止めていた。

「コウ、よくやった」

「別に」

 返事は若い青年の声。アーサーが満足気に微笑む。アントーニョの目が信じられないというように見開かれた。彼はこの人物が自分の身を守るということを信じて疑っていなかったのだ。一体何故、それほどのアーサーに対する忠誠心と戦闘能力的な技量を持っている人間がいるのか。そんな悠長なことを考えていると突然、その双剣によってアントーニョの剣が振り払われた。思わずバランスを崩す。運が悪ければ手から剣がすり抜けていってしまっていたかもしれないが、現状で武器を手放すというのは文字通り死を意味するため、そこはなんとか耐え抜いた。

 フードを被った人物はその小柄な身体で、後ろへ退いたアントーニョへ一気に加速し接近、軽やかに身を翻し容赦無く頸動脈を狙ってくる。防戦一方になるアントーニョ。先ほどコウと呼ばれた男はまるで剣舞でもしているかのようにアントーニョの剣を弄び、ついでの如くアントーニョの急所を的確に目掛け剣を突き出す。今までにこのような戦い方をする人間にアントーニョは出会ったことが無い。このままでは確実に相手のペースに呑まれてしまうのは時間の問題だ。それだねは避けなければならないと必死に目を凝らす。コウの双剣の片方がアントーニョの剣を弾き、もう片方が振りかぶっているその瞬間、マントで隠れたコウの首元であろう部位に剣を突き立てた。

「わっ」

 声を上げたのはアントーニョだった。驚異的な反射神経で一瞬速く後方へ飛び退いたコウ。その反動でフードが捲れて脱げ、フードの下から現れたのは、艶やかな黒髪と、ガイ・フォークスのマスクだった。

 ガイ・フォークスのマスク、白塗りに黒で描かれた不気味な笑みを浮かべた仮面である。そこまでして顔を見せたくないのか。一瞬ギョッとしたが、現在はまだ日の高い真昼間である、たかが仮面に恐れ慄くことはない。

 しかし、息遣いや視線、その他諸々がこの目の前のコウからは全く読み取れず、次の動きを予測し辛いのには変わりがない。その上まるで人形のように的確に急所を狙って致命傷を与えようとしてくるものだから賜ったものではなかった。

 人形のよう、正にこのコウにはその表現が適切であった。動きにまるで殺意だとかその他余計な感情が一切含まれていないのだ。まるで、汗をかいたから汗を拭く、と同じような具合に、目の前の殺すべき相手がいる場合における当然の行為をしているだけのように感じる。あるいは、人並みの感情を持ち合わせているのかもしれないが、アントーニョがそれを他の人間と同じようには感じることが出来ていないのかもしれない。何せガイ・フォークスのマスクと同じ長さの双剣、そして何より羽根のように軽い身の翻し、どれを取っても前代未聞である。

 そうだ、マスクだ。マスクさえ無くなればその視線の向きや息遣いを少しは読むことが出来る。

思い立ったが早いか、アントーニョは高く飛び上がったコウの双剣を受け流し、空いている方の大きな手でガイフォークスの仮面を剥いだ。

 背丈にしては幼い顔立ちの、黄色い肌の青年が姿を現した。

「と、東洋人!?」

「あ、やべ」

 アントーニョへと向かうはずだった双剣が方向転換、空を切ってコウは音もなく着地。しかしそこには先ほどまでは感じられなかった明らかな動揺の色が見える。

 しかし彼以上に動揺しているのはアントーニョであった。このような場所で東洋人を目にするなど、通常では考えられないことであった。というのも、こちらからわざわざ出向かなければ彼らに会うことは不可能だからである。それなのに、西洋船、しかもあのアーサーの船に乗っていた彼は、一体何者なのか。何故このような場所に…

「お楽しみは終わりだ」

 アーサーの声が2人の間に割って入る。彼の声にアントーニョはふと現実に戻される気がした。コウもアーサーの方を向き、双剣を一本の鞘に収める。お楽しみ、というのは先ほどまで行われていた戦闘のことであることは容易に想像がつくのだが、本当にもう戦うつもりがないらしい。

「この船も船長も、もう終わりだな」

 クッフッフと愉快そうに笑うアーサー。その態度にアントーニョの頭に一気に血がのぼる。思わずアーサーの胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「さっきから何やねん!マジうっといねん自分、何で来よってん!何が目的や、さっさと言わんかい!返答次第ではアーサー、お前をしばく!この極太眉毛!」

「あ〝⁉︎眉毛の太さは関係ねぇだろこのクソトマト野郎‼︎眉毛がちょっと太い方が紳士的なんだよっ‼︎そんなに言うんだったらお前にも眉毛が太くなる呪いをかけてやるよ、これで満足か?あ〝⁉︎」

「眉毛の話しとるんちゃうわドアホ‼︎何が目的や聞いとんねん、自分ほんまにウザすぎるで‼︎」 

 今までの余裕の笑みが豹変、アントーニョの発言に噛み付くように言い返すアーサー。またか、とコウは溜息をついた。彼は本当に挑発に弱いのだ。否、挑発ではない、面と向かって自分の悪口を言われると言い返したくなってしまう性分なのだ。

 このままでは拉致があかない。いい加減さっさと船に帰って休みたかった。

「サーセン、アーサーとお取込み中失礼していいっスか?」

 突然声をかけられて不機嫌そうながらもポカンとした顔のアントーニョがコウの方を向く。その頰目掛けて拳を叩き込み、身体のバランスを崩した彼の首元を思い切り手刀を打ち込んだ。

 ここでアントーニョの記憶が途絶える。意識が闇の縁へと沈んだ。

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