余計なことを言った。
窓から差し込む光で眼が覚める。身体中の節々が痛い。
隣を見ると、昨晩瑛一を抱いた男が穏やかな寝息を立てて眠っていた。まったく満足そうな顔をしている、と瑛一は思った。ここのところ予定が合わなかった。だから昨晩は久しぶりに求め合い、激しく交わった。
軋む身体を動かし、身体を起こす。手探りで探し見つけ出した眼鏡をかける。瑛一はベッドに腰掛けたまま周囲を見回した。
なにやらいつもと視界が違う気がする。具体的になにが違うのかは不明だが、何年も同じ部屋で目覚めていれば分かる程度の違和感。自分が眠っている間になにが起こったのだろうか。
試しに立ち上がってみると、その違和感は消えた。とりあえず何か身につけなければと、ベッドの脇に脱ぎ捨てられたシャツに手を伸ばす。拾おうとした瑛一の手が止まる。
ベッドの足が1本、折れていた。
「綺羅!!!」
瑛一の声に綺羅が飛び起きる。あまりにも大きな声で呼ばれたものだから一体何事かと、目覚めたばかりで働いていない思考で状況を飲み込もうと、開き切っていない目で周囲をキョロキョロと見回す。
「綺羅、俺はお前を叱責しなければならない」
シャツ1枚のみを羽織り、普段ならば綺羅を唆らせる姿だ。しかし怒ったように仁王立ちでベッド脇に立っている瑛一を見て、綺羅の顔が強張る。
「昨晩の行為の結果がこれだ」
「……すまない」
「見てから言え」
具体的に怒られる前に謝る綺羅に対して腹を立てるように、瑛一はベッドの脚を勢いよく指差した。綺羅がそちらに視線を向ける。ネジ部がへしゃげて穴を抉るように折れ曲がったそれを見て、綺羅は「あぁ……」と声を漏らした。
「これを見てどう思う?」
「……新しいベッドは……2人用のものを、買う必要が、あるな」
「そうじゃない!」
綺羅が目を細めて首を傾げた。あれほど激しかったのだ、この程度のこと起こり得るだろう、とでも言いたげな目で瑛一を見てくる。瑛一は深くため息をついた。
「……声を荒げてすまなかった。しかし、この件についてはお互い反省の余地がある」
瑛一の言葉に、綺羅は頷いた。確かに、いくら金銭的に余裕があるとはいえ、身体を交える度にベッドを壊してしまう訳にもいかない。その点について異論はないのだろう。綺羅はもう一度、すまなかった、と口に出した。
「でも……びっくり、した」
「そうだな。まさかベッドの脚が折れるなんてな」
「そうではなくて……」
穏やかで柔らかい笑みを浮かべる綺羅。愛おしそうな視線を瑛一に向ける。
「キスマークを、付けたことを……怒られるのかと、思った」
「キスマーク?」
綺羅とは対照的に、訝しげに表情を歪める瑛一。刹那、まさかと目を見開き、その場から移動。部屋にある全身鏡の前に立ち、身体を写す。全て服で隠れるところとはいえ、まるで皮膚病にでもなったかのように、ありとあらゆるところに鬱血。瑛一の顔が急速に赤く染まる。
「綺羅っ!!!!!!」
自分が言うまで瑛一は全く気づいていなかったのだということに気がついた綺羅は、余計な事を言ってしまったとバツの悪そうに目を逸らした。